大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1318号 判決

控訴人本人は原審および当審において、控訴人が昭和四〇年九月一四日被控訴人と夫婦喧嘩の末家を飛出した以前の同年八月末控訴人が夫婦喧嘩の揚句被控訴人に対し「出て行け」といつたら、被控訴人は「子供は自分が育てる」といつて出ていつたこと、また控訴人が同年九月一四日家を飛出した後被控訴人が子供を連れて控訴人の父甲野太郎方に引越してしまつたこと、また控訴人が同月二〇日過頃太郎方にもどつてきて父太郎に被控訴人と離婚する旨申出た際被控訴人は傍にいながら何もいわなかつたことから被控訴人に協議離婚の意思があると考えた旨供述しているが、原審および当審における被控訴人本人尋問の結果をあわせれば、被控訴人が昭和四〇年八月末夫婦喧嘩の揚句控訴人から「出て行け」といわれ家を出て行つたのは、被控訴人が控訴人から叩かれたり蹴られたりしたので居たたまれず子供二人を連れて出て行つたものであり、しかしてその行つた先は被控訴人の実家ではなく控訴人の父右太郎方であること、しかも被控訴人は四、五日して家に帰つてきて控訴人に謝つたことが認められるのであつて、これからすれば右の被控訴人が家を出たことをもつて被控訴人に協議離婚の意思があつたものとみることはできず、また控訴人が昭和四〇年九月一四日家を飛出した後被控訴人が子供二人を連れて右太郎方に移つたというのも、右に引用した原判決の認定事実および当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、昭和四〇年半頃控訴人が事業に失敗し収入がなくなつたので一家全部右太郎方に引移ることになつていたところ、同年九月一四日控訴人が家を飛出してしまつたので、被控訴人はやむなく子供二人を連れて右太郎方に身を寄せたというのであつて、従つて被控訴人が控訴人の家出後引越したことをもつて被控訴人に離婚の意思があつたものと考えることのできないことは明らかであり、また控訴人が同年九月二〇日過頃右太郎方にもどつて父太郎に被控訴人と協議離婚する旨申出た際被控訴人が傍にいながら何もいわなかつたことは原審および当審における被控訴人本人尋問の結果においても認められるところであるが、そのことをもつて被控訴人に協議離婚の意思があると考えたというのも早計というべきであつて、結局控訴人の挙げる右事実からしては被控訴人に協議離婚の意思があつたと認めることはできず、控訴人の右供述は採用することができない。

原審証人甲野太郎は、昭和四三年九月頃同人方で被控訴人の父乙野一雄らと話合つたさい、右乙野からこうなつた以上は被控訴人を自分の所に引取るべきだろうが、今はそうもいかないので本人の身の立つようにみてやつてほしいとの提言があり、被控訴人は右乙野のいうとおりでよい旨述べた、もつとも右話合の席には控訴人はおらず、またその協議の様子を太郎から控訴人にその頃伝えたことはないが、その後本件訴訟の前になされた調停のさい太郎から控訴人に話したと供述しているが、また右証人は被控訴人らを引取つて世話している間に被控訴人があくまで本件は自分の意思によらない離婚であるから、その点ははつきりさせたいとの意であることがわかり、自分からも控訴人にしばしば元に戻すよう説得していたとも供述しているのであつて、これと原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果をあわせ考えれば、前記話合のさい被控訴人が確定的に事態解決の内容として本件離婚を追認し、その旨控訴人に伝達されたものと見るのは相当でない。被控訴人が現に控訴人と別居し、控訴人の父太郎が被控訴人とその子二人を引き取つて現にめんどうを見ているとしても、それは控訴人が被控訴人のもとに帰らず、被控訴人は空しく控訴人の親もとに身を寄せて控訴人の復帰を待つているというに過ぎないこと前記証拠から明らかであるから、この事実をもつて被控訴人が暗黙に追認をした結果であると見ることはできない。その他に右追認の事実を認めるべき的確な証拠はない。

(浅沼 岡本 田畑)

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